大川直哉 プロフィール

大川直哉 Naoya Okawa
1966年12月31日生
神奈川県出身










<1966----1984>
大川直哉が生まれた1966年は「The Beatles」が日本に初来日。
日本武道館にて内田裕也グループ、ザ・ドリフターズの演奏後約35分を演奏、悲鳴や絶叫の中、
日本がロックに熱狂した。
大川直哉は、その1996年12月31日に神奈川県で生まれる。

<少年期時代>
少年期父親の仕事の関係でイギリスに行きテレビ放送で見たロックシンガー、「ロッドシュチュワート」に心奪われる。
その後、友人の兄が聴いていた「矢沢永吉」率いるロックバンド、「キャロル」に憧れ、当時はなかなか手にする事の出来なかったエレキギターを手にする。
その後「The Beatles」などの洋楽を聴くと同時に海外から見た日本語の音楽に興味を持つ。

<1985----1994>
高校時代は自らバンドを結成、曲作りを始める。当時ライブハウスは今よりポピュラーな時代ではなかったが、世田谷区上馬にあるライブハウスの門を叩く。
その後ライブを重ね、1990年ベルリンの壁がドイツ統合により崩壊を歌った曲「ファシズム」で、
フレッシュサウンドコンテスト第3位を受賞。
その後、当時ブームであったTBS「イカすバンド天国」でベストヴォーカル賞を受賞。
ライブハウスでも2回のワンマンライブを行い、最多動員数を記録。
92年フレッシュサウンズコンテストで出会った日音のプロデューサーの配慮で
CCBのギター米川氏のレコーディングに参加。
その後東京ホットインディーズというコンテストにて2回目のベストボーカリスト賞を受賞後サラリーマンへ転向。

<1994----2004>
一時は音楽の道を離れサラリーマンを経て、現在活躍するバンド達に出来る事と使命考え、東京府中市にあるライブハウス「Live Theater FLIGHT」で店長兼任ブッキングマネージャー業に専念する。
当時60%だった稼働率を120%の稼働率にする。
同時に音楽プロデュース、店舗プロデュースなども精力的に行う。

<2004----NOW>
2004年、東京都代々木に新しく「LIVE labo YOYOGI」というライブハウスをオープン。
「野外ロックフェス」や「24時間ライブ」など奇抜な企画を次々と行い現在は運営管理を行う。
2007年10月山口県周南市に「LIVE rise SHUNAN」をOPEN(管理)2008年1月東京都三軒茶屋にレコーディングスタジオ「BRAiN STUDIO SANGENJAYA」をオープン3店舗の運営管理を行うと同時に音楽レーベル「BRAiN CHILD RECORDS」の代表も遂行している。

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